春が空から降ってきた

ミルクティーみたいな君へ

ふかいうみをおよぐ

「なんでまたピアスの穴開けたの?痛くない?」
「痛いから開けるの。だって生きてるって感じがするでしょ?」
中学3年生の女の子は、笑いながらそう言った。唇につけたピアスを触りながら、そう言った。開けて、痛みを感じることに意味があるのだと。
その日、チーム者の公演ではぎやくんはパーマ姿を披露していた。それを知って、わくわくしながら授業に向かった矢先に聞いた彼女の言葉。
はぎやくんより4つ年下の女の子の言葉は、妙に頭に残った。


私は、やすいくんのことを延々と、鬱々と考えることが好きだ。そう、好きなだけだ。
いわゆる重たいファンってやつ。本気愛とは違ったベクトルだけど、重たい重たいファン。


サマステ7/30夜の部。チーム者vsチーム覇の公演。
私はこの公演をすごく楽しみにしていた。やすいくんとはぎやくんが同じステージに上がる公演だったからだ。
私が好きなやすいくん。そしてやすいくんのことを知ってから、やすいくんのことを調べてみると頻繁に名前を見かけたはぎやくん。隣どうしな2人。
はぎやくんのことを、可愛がりながらも、同期のようで弟のようだと言うやすいくん。
やすいくんのことを、育ててくれた人だと言い切るはぎやくん。
そんな2人が、敵として戦う舞台。楽しみにならないわけがない。

残念ながら、この日の公演に行くことはできなかったので、twitterに流れてくるレポを楽しみにしていた。
昼の部、やすいくんのチーム覇は負けてしまった。はぎやくんとの絡みもたくさんあったわけではなかった。それでも、楽しい公演だったことは伝わってきた。
夜はチーム覇が勝ちますように、そう願いながらバイトに向かった。バイトが終わるころには、夜の部のレポが流れているはずで、それを楽しみに4時間半働いた。理不尽に生徒に切れられても、菩薩のような心で乗り切った。

そして夜の10時。
バイトが終わり、twitterを開く。濁流のように流れるレポを一つずつ読んでいく。チーム覇は勝っただろうか。やすいくんとはぎやくんはどんな会話をしたのだろうか。スマホを見つめる表情を、バイト仲間に不審に思われようともお構いなく。


たくさんの呟きの中で見つけたのは、1つのやすいくんの言葉だった。
負けてしまって落ち込むチーム覇。二連勝して大喜びするチーム者。そんな温度差の中でやすいくんは言った。
「今年は中立がいないから。ここで俺たちが落ち込んだら、神宮寺が大変だから。せーの、にこー」
チーム覇みんなで笑えるように。少しでも気まずい空気を和ませ、明るく楽しい空気をつくれるように。負けて、悔しくて仕方がないはずの時間の中で、先陣切って気持ちを切り替えた。
(というのはあくまでも、どこまでいっても、文章を読んだだけの私の想像だけど。)


そんなこと言ったのか。それが最初の感想だった。
はぎやすのことなんて、正直どうでもよくなった。
やすいくんのことしか考えてなかった。


やすいくんは優しい。それは、最初からそうだったのか、それともこの世界での立ち位置としてつくり上げたのか、武器として持たざるを得なかったのか。
いずれにせよ、すみずみまで染み渡るような滋味のある優しさを持っている。
それに加えて、その場の空気を読む力、その場の空気をつくる力を惜しみなく出し切るMCの腕を持っている。

そう考えたら、あの時のやすいくんの言葉は全然不思議じゃなかったのかもしれない。
人としてできすぎてはいるけど、「さすが、やすいくん」で済まされるものだったかもしれない。

でも私はどうしても悔しくて、淋しくて、怖かった。
たぶん、やすいくんにも悔しいって感情を出してほしかったから。
そういう感情を見せようとはしてくれなかったから。隠されたから。
そして、できすぎて人間味のない姿に末恐ろしくなったから。


その気持ちの奥にあるのは、2つのわがまま。

1つは歪な形の幸せ。
やすいくんは、優しい自分でいることを選んだ。優しさを選んだことで、得られたものはたくさんあっただろう。
でも、失ったもの、傷ついたものもたくさんあったはず。優しさの犠牲に、やすいくんがなくしたものたちは、どうなるの?
いつまで、どこまで、何かを擦り減らしていくの?それを見るに堪えないんだ。

何かを得るためには、何かを失わなければならない。何もせずに幸せになんてなれない。時には傷つく。
最後はハッピーエンドだとしても、その道中で身ぐるみ剥がされてボロボロになることだってある。

でも好きな人には、傷つくことなく幸せになってほしいと願ってしまう。
道理の通らない幸せを掴んでほしいと願ってしまう。


もう1つは、存在しなかった信用。
あの場は、やすいくんにとって感情を丸出しにできる場ではなかった。
それはお金を払って見に来ているお客さんの前だったからだろうか。
自分の弱い姿を晒したくなかったからだろうか。
自分が倒れても誰かが支えてくれるという自信がなかったからだろうか。

7/23の公演で、やすいくんは緊張に震える姿を晒した。失敗して無様な姿も晒した。
冗談めかしていたけど、「このまま進行するの?メンタルが…」ってちょっぴりの弱音も吐いた。
そんな姿を見ていたからだろうか。1週間を経て、壁ができたと感じた。信用されてないのだと感じた。

ステージに立つ者として、それは当たり前の行動で、とるべき行動だったのかもしれない。
だけど、もう少し誰かを信じてほしかった。頼ってほしかった。寄りかかってほしかった。誰かの心にするりと入り込んで、優しさを振りまくだけでなく、誰かに踏み込まれる領域をつくってほしかった。
それは、やすいくんの信用が見たいし、得たいという、ただの私のエゴ。やすいくんの幸せとは無関係のエゴ。


そんな、欲だらけの考えをめぐらせながら、やすいくんに、その日の者覇公演に想いを馳せていた。
悔しいし、淋しいし、怖い、なんていうただの感情に任せて呟き散らしていた。


ここまで全部妄想です。創作です。
実際やすいくんは、人に優しくしても傷ついていないかもしれない。昨日だって、精いっぱい悔しい感情を顕わにしていたのかもしれない。

そう分かっていても、ダン、とスイッチが入ると脳内麻薬が出まくりで、重たく暗く、深読みに深読みを重ねるのが好きなだけです。
海に沈んでいくように、少しずつ息苦しくなっていく感覚。
気分は明るくならないけど、考えが歪めば歪むほど、やすいくんのことを考えている実感が、好きでいる実感が得られる気がして、やめられないのかもしれない。
私はきっと、ピアスを開け続けるあの女の子と一緒だ。
ただの自己満足な、自傷行為


こんなに考えたって、やすいくんの日常には何も関係ない。
だからこそ、好き勝手に考えを喚き散らせる。
正解はそこにあるけど、ないから好き勝手に思考をめぐらせていられる。

勝手に心配したり、やすいくんを悲劇のヒーローのように扱ったりしても、やすいくんはきっと今日も笑ってる。
これは、舞台「やすいけんたろう」を見ている観客の、感想であり二次創作の作品でしかない。そしてその作品の締めくくりはいつも同じ。
「やすいくんが笑っていればそれでいい。幸せになればそれでいい。」
今日も私は思う。やすいくんが幸せだったらいいなと。






よし、ノートは閉じて、やすいくんかわい~~~~って叫ぼう。
者覇公演のはぎやすのこととか、我者公演の消化しきれないほど供給されたはぎみゅのこととか、明るい話もしたいんだ私は!!!
やすいくんのチャチャチャははいぱー可愛かったよね~~~きゃは~~~ってしたいんだ!!